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 蝉丸神社|
滋賀県大津市逢坂|京阪京津線「大谷」駅徒歩5分




オマケで大谷駅といえば錦糸鰻の「かねよ」でランチがオススメ!木曽殿とは関係ないけど峠越え(ほぼ上りきってますが))の腹ごしらえに。


 ★
 逢坂山関碑|
滋賀県大津市逢坂|京阪京津線「大谷」駅



 
 関蝉丸神社上社| 滋賀県大津市|京阪京津線「大谷」駅




 
 長安寺|
滋賀県大津市逢坂2-3-23|京阪京津線「上西町」駅





 ★
 関蝉丸神社| 滋賀県大津市|京阪京津線「上栄町」駅





 
 若宮神社|
滋賀県大津市|京阪京津線「上栄町」駅





 ★
 三井寺|
滋賀県大津市|京阪石山坂本線「三井寺」駅





 ★★
 比叡山延暦寺|
滋賀県大津市坂本本町4220|京阪石山坂本線「比叡山坂本」駅からバス→坂本ケーブル





 ★
 山吹地蔵|
滋賀県大津市|JR「大津」駅





 ★★
 若宮八幡神社/篠津川|
滋賀県大津市|京阪石山坂本線「石場」駅


社伝によると白鳳四年(675年)に創建され寿永三年の粟津合戦で焼失、後に頼朝によって再建されたという。神社の北を東西に流れる川が篠津川。




 
 墨黒谷/茶臼山|
滋賀県大津市|京阪石山坂本「中庄」駅


兼平終焉の地という。茶臼山南方篠川上流にあり、山頂には古墳がある。兼平については特に案内等ない。


 
 篠津神社|
滋賀県大津市|京阪石山坂本「中庄」駅

創建年代は分からないが室町期にはあったといい、中ノ庄の産土神。源平合戦に関連性はないけども街道を割り出すランドマーク。


 
 亀屋広房|
滋賀県大津市|京阪石山坂本「中庄」駅

兼平さんのお命日に「兼平餅」を作る和菓子屋さん。銘菓「兼平餅」の由来は、昔、近江八景といわれた「粟津の晴嵐」(松原)、その途中にあった三軒茶屋から盛越川沿いに300m遡った処に今井兼平の塚があって参詣者が絶えなかったといい、三軒茶屋のうちの一軒の小田原屋で出されていた「兼平餅」が有名だったのを亀屋広房さんが昭和になって復興したとか。中にはよもぎ餅に餡が包まれててまわりにきなこがまぶされた、丁度よい甘さのちいさいお餅が二つ。うまいです。
亀屋広房さんURL
http://www.e510.jp/kame1623/


 ★★★
 打出浜|
滋賀県大津市|京阪石山坂本線「石場」駅




 ★
 義仲寺|
滋賀県大津市|JR東海道本線「膳所」駅/京阪石山坂本「膳所」駅






 ★
 国分寺址|
滋賀県大津市|京阪石山坂本線/JR東海道線「石山」駅





 
 粟津の晴嵐|
滋賀県大津市|JR東海道琵琶湖線「石山」駅/京阪石山坂本線「石山」駅





 ★★
 今井兼平墓|
滋賀県大津市|JR東海道線「石山」駅/京阪石山坂本「京阪石山」駅





 ★
 鎧掛の松|
滋賀県大津市|JR東海道線「石山」駅/京阪石山坂本「京阪石山」駅





 ★★★
 瀬田唐橋|
滋賀県大津市|京阪石山坂本線「唐橋前」駅




 建部大社|
滋賀県大津市神領|JR東海道線「瀬田」駅


延喜式内社で近江一宮。木曽軍と平知盛軍とが社の森で戦闘になった。源頼朝が平治の乱で流人として伊豆に関東に下向の折、永歴元年この大社に参籠し祈願した(平治物語)。建久元年に頼朝上洛の際に再び参拝し神宝と神領を寄進したという。近くに「近江国庁跡」碑がある。


 ★
 近江国衙跡|
滋賀県大津市神領|JR東海道線「瀬田」駅





 
 石山寺|
滋賀県大津市石山寺|京阪石山坂本線「石山寺」駅からバス




 
 近津尾神社|
滋賀県大津市国分|JR東海道線「石山」駅からバス




 
 野路一里塚/清宗塚|
滋賀県草津市野路|JR東海道線「南草津」駅




 
 百済寺|
滋賀県東近江市百済寺町323|近江鉄道「八日市」駅からバスかタクシー
聖徳太子が百済人のために建立したといわれる。平安時代には山門に下り「湖東の小叡山」といわれ隆盛した。「源平盛衰記」によれば、近江の三上山の麓、野洲河原に木曽軍先陣が到着し、しばらく蒲生(郡)で馬を放牧・待機していた時に、糧食が尽きたので使者を百済寺に使わして物資の提供を求めたところ、住侶詮議の上で五百石の兵糧米を送ったといい、それに感動した木曽殿は御油料に押立五郷を寄進したという。【木曾山門牒状事】


 
 山本山城址/常楽寺|
滋賀県長浜市湖北町山本|JR北陸本線「河毛」駅





 ★
 意富布良神社|
滋賀県長浜市木之本町|JR北陸本線「木ノ本」駅

おおふら神社。由緒によれば、白鳳四年(676年)に創建され、寿永二年(1182年)五月、上洛の途中で木曽殿が祈願したという。その時に兜を置いた石を「兜石」と名付け、現在に残る。


 
 願慶寺|
滋賀県高島市マキノ町海津|JR湖西線「マキノ」駅


山吹ゆかりといわれる老紅木がある。


 
 (鞆結)八幡神社|
滋賀県高島市マキノ町石庭|JR湖西線「マキノ」駅

延喜式によれば鞆結駅があったと比定される場所。マキノ町浦にも鞆結神社(大荒比古神社)があるが位置的にこっちの方が鞆結駅だった確率が高い。



木曽殿聖地めぐり

は木曽殿聖地のオススメ度(5段階に変更)
「通好み
」「★★ちょっとオススメ」「★★★かなりイイ」「★★★★行くでしょ!」「★★★★★絶対行くでしょ!!」
さらに管理人が「木曽殿絶対ココに来た(気がする)」妄想認定した場所に3段階で
がついてます。無印は木曽軍メンバーや木曽軍と敵対した武将関連の土地や平家物語で登場するおなじみの場所、地元の伝承地、旅のお役立ち場所など。

大蔵★★
(武蔵嵐山ほか)
父・義賢の東国拠点で木曽殿出生の地。周辺は大蔵合戦の戦地。

木曽★★★★★
(宮ノ越〜木曽福島〜大桑〜南木曽)
木曽殿幼少より挙兵までの時間を過ごした谷。伝承地多数!

洗馬~塩尻峠~辰野
(洗馬〜塩尻〜小野〜辰野〜岡谷)
木曽~善光寺街道と諏訪のハブ地・洗馬、樋口本拠地辰野、岡谷の三角地帯。

諏訪
(茅野〜下諏訪〜上諏訪)
木曽軍に参戦した金刺氏ゆかりの地。木曽殿が滞在した伝承も。

伊那
(伊那〜飯田〜阿智)
木曽殿が駒ヶ岳を越えて戦を仕掛けた伝説がちょいちょい残る。

松本平★★★
(朝日村〜松本〜岡田)
信濃国国府があった中原氏依拠地。今井兼平の本拠と目される地もある。

会田・麻績・姥捨
(会田〜聖高原~姥捨)
旗揚げ後に小戦闘を繰り返しながら進軍した善光寺までのルート。

善光寺平★★★★
(屋代〜篠ノ井〜善光寺ほか)
横田河原合戦が繰り広げられ、初期参戦武将ゆかりの地も多数!

塩田平
(別所温泉)
会田から保福寺峠を抜け塩田平へ。別所温泉には塩田北条氏の史跡も。

海野〜丸子★★★
(上田〜丸子)
木曽殿が居城とした依田城・海野宿をハブに塩田、佐久、篠ノ井と広がる。

佐久平★★
(小諸〜望月〜佐久)
根井氏の本拠地。佐久から富岡街道を抜け多胡・児玉・大蔵に至る。

関寺〜直江津
(妙高高原〜直江津)
熊坂山に布陣後、妙高を抜け越後国府へ。北陸道進軍開始。

越中宮崎〜般若野★★
(親不知〜富山)
越中宮崎氏の本拠地〜呉羽山布陣〜般若野合戦古戦場までのルート。

砺波★★★★★
(小矢部〜倶利伽藍峠〜津幡)
木曽軍最大の合戦となった「砺波合戦(倶利伽藍峠)」古戦場。

小田中〜志雄
(氷見〜小田中〜志雄)
行家叔父の戦った志雄合戦の地。

金沢〜安宅/篠原★★★
(津幡〜金沢〜小松〜安宅/篠原)
安宅・篠原は平家軍と往復2度交戦。実盛最期が有名。

勝山〜今庄〜杉津★★
(勝山〜武生〜今庄〜杉津〜敦賀)
燧合戦のあった燧ヶ城、根井が戦った水津合戦の古戦場比定地ナド。

★★★★
(京都〜宇治〜八幡市)
木曽殿逗留地や祖父為義ゆかりの地など。宇治川、岩清水八幡も。

大津★★★★★
(逢阪関〜三井寺〜膳所〜大津)
木曽殿最期の地、粟津合戦古戦場。

室津|山陽道★★
(今宿〜三石〜和気〜吉備津〜水島)
西国下向した山陽道と大敗を喫した水島合戦場。オマケは室津=室山合戦地。

おまけ|瀬戸内
(尾道、大三島)
水島合戦の残党、木曽落人伝承が残る尾道、奉納鎧等が残る大三島など。


(神坂〜松本)
木曽殿ゆかりの桜を追いかけてみた!