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 午飯岡碑|
富山県砺波市|JR城端線「砺波」駅


木曽軍が行軍の折、ここを通ったといわれ(平安末期当時の北陸道のルートと比定)、石碑がある。左の写真は午飯岡碑の目印で、左手交差点を北に入って行く。


 小矢部川|
富山県小矢部市|JR北陸本線「石動」駅




 

 将軍塚|
富山県小矢部市野端|JR北陸本線「石動」駅




 ◇道の駅
 倶利伽羅源平の郷/埴生口|
富山県小矢部市埴生2996-5|JR北陸本線「石動」駅

埴生八幡宮の入り口にある案内所。砺波山(倶利伽羅峠)の航空写真があって攻略ポイントが詳細に分かるので、初めて登山する方ははじめにこちらに寄ると便利。近年「義仲カフェ」も併設されているので、お茶をしたり、ちょっとした食事などもできる。



 ★★★
 埴生八幡宮(護国八幡宮)|
富山県小矢部市埴生2992|JR北陸本線「石動」駅


倶利伽羅対陣前に戦勝祈願し、大夫坊覚明が願文を奉納した神社。このとき、一緒に奉納された矢が残されているとか。宝物殿の拝観は要予約、お祭りの日は開放されているのでねらい目。


 ★
 鳩の清水(源泉)|
富山県小矢部市埴生|JR北陸本線「石動」駅

木曽本隊(義仲軍)が行軍したルートにある清水。埴生八幡境内に引かれている清水の源泉とのこと。コンクリートの小橋の下は小川になっている。


 ★★★
 木曽本陣|
富山県小矢部市砺波山|JR北陸本線「石動」駅

木曽本隊(義仲軍)が布陣したといわれる場所。平家の駐屯する「猿ガ馬場」「塔の橋」あたりからよく見下ろせる位置にある。


 
 日埜宮神社|
富山県小矢部市道林寺|JR北陸本線「石動」駅




 
 道林寺(地名)|
富山県小矢部市道林寺|JR北陸本線「石動」駅



 
 松永碑(地名)|
富山県小矢部市松永|JR北陸本線「石動」駅




 
 小耳入碑(地名)|
富山県小矢部市松永|JR北陸本線「石動」駅





 鷲ヶ瀬(鷲尾神社)|
富山県小矢部市|JR北陸本線「石動」駅





 柳原(地名)|
富山県小矢部市柳原|JR北陸本線「石動」駅



 
 膿川|
富山県小矢部市|JR北陸本線「石動」駅




 
 砺波の関|
富山県小矢部市石坂|JR北陸本線「石動」駅




 
 巴塚・葵塚|
富山県小矢部市|JR北陸本線「石動」駅




 源氏ヶ峰|
富山県小矢部市|JR北陸本線「石動」駅




 
 矢立堂(天池茶屋址)|
富山県小矢部市|JR北陸本線「石動」駅

昔は天池という清水が湧いており、昭和まではここに茶屋があったという。今井隊がこのあたりに一時駐屯したと思われる。このすぐ先に「矢立」がある。↓


 
 矢立|
富山県小矢部市|JR北陸本線「石動」駅

「猿ガ馬場」「塔の橋」のある砺波山と谷を挟んた向かい側にある「矢立(山)」。今井隊が布陣し、ここで矢合わせが行われたと見られる。「塔の橋」とは谷で400mほど隔たっているが平家の矢がここまで飛んできて刺さったのでこの名がついたとか。現在は谷を車道が走っているのでこのまま難なく歩いて塔の橋に行ける。




 
 塔の橋|
富山県小矢部市|JR北陸本線「倶利伽羅」駅

平家の駐留地「猿ガ馬場」から少し降りたところで源氏の布陣地を確認できる場所。ここから今井隊駐留の「矢立」と、木曽本隊のいる「本陣」が見える。倶利伽藍対陣において矢合わせはここで行われたと思われ。




 
 砂坂|
富山県小矢部市|JR北陸本線「倶利伽羅」駅

現地の案内によれば、牛を連れて登っていった登山道。


 ★★★
 猿ケ馬場(平家本陣址)|
富山県小矢部市|JR北陸本線「倶利伽羅」駅



 
 源平供養塔/地獄谷|
富山県小矢部市|JR北陸本線「倶利伽羅」駅





 
 為盛塚|
富山県小矢部市|JR北陸本線「倶利伽羅」駅




 
 蟹谷次郎由緒之碑|
富山県小矢部市|JR北陸本線「倶利伽羅」駅

倶利伽藍対陣の際に根井隊2000騎の案内をして松永→小耳入→弥勒山ルートを導いた、越中住人蟹谷次郎の顕彰碑。戦勝祝いに蟹谷がたたいた太鼓が源氏太鼓のはじまりという。「小耳入」の場所にも「小耳入碑」という石碑がある。


 
 倶利伽羅不動尊|
石川県河北郡津幡町|JR北陸本線「倶利伽羅」駅






 
 手向神社|
石川県河北郡津幡町|JR北陸本線「倶利伽羅」駅






 
 馬洗場址|
石川県河北郡津幡町|JR北陸本線「倶利伽羅」駅




 
 龍ケ峰城址|
石川県河北郡津幡町|JR北陸本線「倶利伽羅」駅




 
 一騎打址|
石川県河北郡津幡町|JR北陸本線「倶利伽羅」駅




 
 竹橋宿|
石川県河北郡津幡町|JR北陸本線「津幡」駅




 ◇道の駅
 倶利伽藍源平の郷/竹橋口|
石川県河北郡津幡町字竹橋|JR北陸本線「津幡」駅




 
 氷見湊|
富山県氷見市|JR氷見線「氷見」駅

木曽大手軍が搦手軍を助けるため渡ったという。推定すると「十二町潟水郷公園」あたりの遠浅の潟?と思われ、大伴家持が舟を浮かべ詠歌したと伝わる「布勢の水海」でも有名。氷見湊は中世の頃には港として整備されており、大陸との貿易が盛んだったという。


木曽殿聖地めぐり

は木曽殿聖地のオススメ度(5段階に変更)
「通好み
」「★★ちょっとオススメ」「★★★かなりイイ」「★★★★行くでしょ!」「★★★★★絶対行くでしょ!!」
さらに管理人が「木曽殿絶対ココに来た(気がする)」妄想認定した場所に3段階で
がついてます。無印は木曽軍メンバーや木曽軍と敵対した武将関連の土地や平家物語で登場するおなじみの場所、地元の伝承地、旅のお役立ち場所など。

大蔵★★
(武蔵嵐山ほか)
父・義賢の東国拠点で木曽殿出生の地。周辺は大蔵合戦の戦地。

木曽★★★★★
(宮ノ越〜木曽福島〜大桑〜南木曽)
木曽殿幼少より挙兵までの時間を過ごした谷。伝承地多数!

洗馬~塩尻峠~辰野
(洗馬〜塩尻〜小野〜辰野〜岡谷)
木曽~善光寺街道と諏訪のハブ地・洗馬、樋口本拠地辰野、岡谷の三角地帯。

諏訪
(茅野〜下諏訪〜上諏訪)
木曽軍に参戦した金刺氏ゆかりの地。木曽殿が滞在した伝承も。

伊那
(伊那〜飯田〜阿智)
木曽殿が駒ヶ岳を越えて戦を仕掛けた伝説がちょいちょい残る。

松本平★★★
(朝日村〜松本〜岡田)
信濃国国府があった中原氏依拠地。今井兼平の本拠と目される地もある。

会田・麻績・姥捨
(会田〜聖高原~姥捨)
旗揚げ後に小戦闘を繰り返しながら進軍した善光寺までのルート。

善光寺平★★★★
(屋代〜篠ノ井〜善光寺ほか)
横田河原合戦が繰り広げられ、初期参戦武将ゆかりの地も多数!

塩田平
(別所温泉)
会田から保福寺峠を抜け塩田平へ。別所温泉には塩田北条氏の史跡も。

海野〜丸子★★★
(上田〜丸子)
木曽殿が居城とした依田城・海野宿をハブに塩田、佐久、篠ノ井と広がる。

佐久平★★
(小諸〜望月〜佐久)
根井氏の本拠地。佐久から富岡街道を抜け多胡・児玉・大蔵に至る。

関寺〜直江津
(妙高高原〜直江津)
熊坂山に布陣後、妙高を抜け越後国府へ。北陸道進軍開始。

越中宮崎〜般若野★★
(親不知〜富山)
越中宮崎氏の本拠地〜呉羽山布陣〜般若野合戦古戦場までのルート。

砺波★★★★★
(小矢部〜倶利伽藍峠〜津幡)
木曽軍最大の合戦となった「砺波合戦(倶利伽藍峠)」古戦場。

小田中〜志雄
(氷見〜小田中〜志雄)
行家叔父の戦った志雄合戦の地。

金沢〜安宅/篠原★★★
(津幡〜金沢〜小松〜安宅/篠原)
安宅・篠原は平家軍と往復2度交戦。実盛最期が有名。

勝山〜今庄〜杉津★★
(勝山〜武生〜今庄〜杉津〜敦賀)
燧合戦のあった燧ヶ城、根井が戦った水津合戦の古戦場比定地ナド。

★★★★
(京都〜宇治〜八幡市)
木曽殿逗留地や祖父為義ゆかりの地など。宇治川、岩清水八幡も。

大津★★★★★
(逢阪関〜三井寺〜膳所〜大津)
木曽殿最期の地、粟津合戦古戦場。

室津|山陽道★★
(今宿〜三石〜和気〜吉備津〜水島)
西国下向した山陽道と大敗を喫した水島合戦場。オマケは室津=室山合戦地。

おまけ|瀬戸内
(尾道、大三島)
水島合戦の残党、木曽落人伝承が残る尾道、奉納鎧等が残る大三島など。


(神坂〜松本)
木曽殿ゆかりの桜を追いかけてみた!