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 船岡山公園|
京都府京都市北区紫野北舟岡町|JR「京都」駅から市バス「千本北大路」


源為義(木曽殿の祖父)らが保元の乱の罪で源義朝に処刑されたとされる山。処刑地の正確な場所などは知られておらず、公式な碑や供養塔の類いもない。建勲神社の裏に宝篋印塔や五輪塔もあるが詳細わからず。


 
 白峯神社|
京都府京都市上京区堀川今出川東入飛鳥井町261|JR「京都」駅から市バス





 ★
 粟田神社(粟田口)|
京都市東山区粟田口鍛冶町1|地下鉄東西線「東山」駅


京の七口のひとつ「粟田口」のランドマーク。粟田小学校の校門前にも「粟田口」の石碑がみられる。


 ★
 諸羽神社(四ノ宮)|
京都市山科区四ノ宮中在寺町|京阪/JR東海道船「山科」駅





 ★
 山吹塚|
京都府京都市東山区大和大路通三条下る東側大黒町169|京阪本線「三条」駅/地下鉄東西線「三条京阪」駅

旧・京都市立有済小学校校庭にある。


 
 四宮地蔵尊(四宮河原)|
京都府京都市山科区四ノ宮泉水町16|京阪電鉄京津線「四宮」駅





 ★
 高倉宮址碑|
京都府京都市中京区高倉通三条上る東片町623−1|地下鉄「烏丸御池」駅5番出口




 
 高松神明神社|
京都府京都市中京区姉小路通釜座東入津軽町790|地下鉄「烏丸御池」駅5番出口

高松殿の旧跡で、後白河天皇はここで即位し里内裏として使った。保元の乱では一時、天皇方の本拠地となった。平治の乱で高松殿は焼失し神明社のみが残ったという。高倉宮から徒歩5分。


 ★★
 左女牛井(さめがい)之跡|
京都府京都市下京区堀川通五条下ル西側|地下鉄「五条」駅


八幡太郎以来源氏の頭領がこの六条堀川に住んだといわれ、この左女牛井はその邸にひかれ飲料水などに使われていたという。六条堀川第は若宮八幡宮あたりまで続く広い邸だったと推定される。


 ◇資料館
 風俗博物館|
京都府京都市下京区新花屋町通堀川東入る|地下鉄「五条」駅




 ★★
 若宮八幡宮|
京都府京都市下京区若宮通花屋町上ル若宮町|地下鉄「五条」駅

源頼義が六条堀川第に八幡の若宮として祀ったものと伝えられる。六條八幡・左女牛(さめがい)八幡とも呼ばれ、源氏一族の信仰が厚かったが、応仁の乱で荒廃し、現在は五条橋東5-480に移転。木曽殿が入京の際にもこのあたりを宿所とした。


 ★
 松原橋|
京都府京都市|京阪本線「清水五条」駅

平安時代にはこのあたりが五条で、五条大橋はここに架けられていたと推定されている。


 ★★★
 法観寺(八坂の塔)|
京都府京都市八坂通東大路東入る八坂上町|京阪本線「祇園四条」/「清水五条」駅


京都の名所で有名な八坂の塔、その境内の奥まった所に木曽殿の首塚と言われる小さな石塔がある。


 
 五条大橋(六条河原)|
京都府京都市下京区堀川通五条下ル西側|地下鉄「五条」駅





 
 六波羅蜜寺|
京都府京都市東山区松原通大和大路東入2丁目轆轤町81-1|京阪本線「清水五条」駅


応和三年(963年)空也上人が開山。本堂(重文)は、南北朝時代の再建。寿永二年(1183年)の兵火では本堂を除いて焼失した。空也上人像、平清盛公坐像などがある。



 ★★
 源為義供養塔|
京都府京都市下京区七条七本松東入る朱雀裏畑町|JR東海道本線「京都」駅からバス




 ★
 六孫王神社|
京都府京都市南区壬生通八条角|JR東海道本線「京都」駅


源氏中興の祖・源満仲が経基王をこの地に埋葬し社殿を築いたのが始まりといい、源氏の氏神として尊崇される。


 ★
 法住寺/三十三間堂(蓮華王院)|
京都府京都市|JR東海道本線「京都」駅





 
 八条院御所(&八条第)|
京都府京都市京都市下京区東塩小路釜殿町|JR東海道本線「京都」駅

京都駅の東半分くらいが八条院御所、西に清盛の館があった。駅の中央案内所にひっそり案内板がある。


 ★
 宇治川/先陣の碑|
京都府宇治市宇治塔川(府立宇治公園中の島)|JR東海道本線「京都」駅




 ★
 宇治平等院|
京都府宇治市宇治蓮華116|JR奈良線「宇治」駅/京阪宇治線「宇治」駅





 ★★★
 石清水八幡宮|
京都府八幡市八幡高坊30|京阪本線「八幡市」駅





木曽殿聖地めぐり

は木曽殿聖地のオススメ度(5段階に変更)
「通好み
」「★★ちょっとオススメ」「★★★かなりイイ」「★★★★行くでしょ!」「★★★★★絶対行くでしょ!!」
さらに管理人が「木曽殿絶対ココに来た(気がする)」妄想認定した場所に3段階で
がついてます。無印は木曽軍メンバーや木曽軍と敵対した武将関連の土地や平家物語で登場するおなじみの場所、地元の伝承地、旅のお役立ち場所など。

大蔵★★
(武蔵嵐山ほか)
父・義賢の東国拠点で木曽殿出生の地。周辺は大蔵合戦の戦地。

木曽★★★★★
(宮ノ越〜木曽福島〜大桑〜南木曽)
木曽殿幼少より挙兵までの時間を過ごした谷。伝承地多数!

洗馬~塩尻峠~辰野
(洗馬〜塩尻〜小野〜辰野〜岡谷)
木曽~善光寺街道と諏訪のハブ地・洗馬、樋口本拠地辰野、岡谷の三角地帯。

諏訪
(茅野〜下諏訪〜上諏訪)
木曽軍に参戦した金刺氏ゆかりの地。木曽殿が滞在した伝承も。

伊那
(伊那〜飯田〜阿智)
木曽殿が駒ヶ岳を越えて戦を仕掛けた伝説がちょいちょい残る。

松本平★★★
(朝日村〜松本〜岡田)
信濃国国府があった中原氏依拠地。今井兼平の本拠と目される地もある。

会田・麻績・姥捨
(会田〜聖高原~姥捨)
旗揚げ後に小戦闘を繰り返しながら進軍した善光寺までのルート。

善光寺平★★★★
(屋代〜篠ノ井〜善光寺ほか)
横田河原合戦が繰り広げられ、初期参戦武将ゆかりの地も多数!

塩田平
(別所温泉)
会田から保福寺峠を抜け塩田平へ。別所温泉には塩田北条氏の史跡も。

海野〜丸子★★★
(上田〜丸子)
木曽殿が居城とした依田城・海野宿をハブに塩田、佐久、篠ノ井と広がる。

佐久平★★
(小諸〜望月〜佐久)
根井氏の本拠地。佐久から富岡街道を抜け多胡・児玉・大蔵に至る。

関寺〜直江津
(妙高高原〜直江津)
熊坂山に布陣後、妙高を抜け越後国府へ。北陸道進軍開始。

越中宮崎〜般若野★★
(親不知〜富山)
越中宮崎氏の本拠地〜呉羽山布陣〜般若野合戦古戦場までのルート。

砺波★★★★★
(小矢部〜倶利伽藍峠〜津幡)
木曽軍最大の合戦となった「砺波合戦(倶利伽藍峠)」古戦場。

小田中〜志雄
(氷見〜小田中〜志雄)
行家叔父の戦った志雄合戦の地。

金沢〜安宅/篠原★★★
(津幡〜金沢〜小松〜安宅/篠原)
安宅・篠原は平家軍と往復2度交戦。実盛最期が有名。

勝山〜今庄〜杉津★★
(勝山〜武生〜今庄〜杉津〜敦賀)
燧合戦のあった燧ヶ城、根井が戦った水津合戦の古戦場比定地ナド。

★★★★
(京都〜宇治〜八幡市)
木曽殿逗留地や祖父為義ゆかりの地など。宇治川、岩清水八幡も。

大津★★★★★
(逢阪関〜三井寺〜膳所〜大津)
木曽殿最期の地、粟津合戦古戦場。

室津|山陽道★★
(今宿〜三石〜和気〜吉備津〜水島)
西国下向した山陽道と大敗を喫した水島合戦場。オマケは室津=室山合戦地。

おまけ|瀬戸内
(尾道、大三島)
水島合戦の残党、木曽落人伝承が残る尾道、奉納鎧等が残る大三島など。


(神坂〜松本)
木曽殿ゆかりの桜を追いかけてみた!