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旅 レ ポ 。


こんにちは佐久平。


いつも長野新幹線で通り過ぎる「佐久平」。
こちらは根井氏の本拠地だけど、合戦があったわけじゃないのでついつい先延ばしにしてた…ので今度こそ佐久平にGO!

行きたい場所があまりに広範囲なので仕方なくレンタカーを使用。
佐久平駅に到着したところで、まず駅の建物内にある「プラザ佐久」で地図を物色。
こういうところにあるパンフレットには、意外な観光スポットが載ってる事があるのでマッタク侮れない。


さっそく車に乗って、最初に「駒形神社」へ。


神社前を旧中山道がとおっており、ちょっとした崖に建ってて土塁らしきものが残るところから、昔は中世の城だったかもしれないという。

神社の創建時代はさだかではないが、騎乗の道祖神があることから牧場関連の守り神として建てられたと考えられており、また馬匹商集団「駒形神人」となんらかの関係があったといわれている。

このあたりは「望月の牧」だったとされるので馬との関連度120%、なのは間違いない。


さすがに騎乗男女神像は見られないだろーなと思ってたけど…、室町時代に再建されたという重要文化財の社殿も囲ってあってよく見られなかったのがちょっと残念。


南下して鳴瀬落合地区へ。千曲川の支流・湯川により形成された地形で、ここも崖になっている。

ここはこの地名から落合氏の館があったといわれている。
時宗寺さんの東の高台に「落合諏訪神社」があり、このあたり一帯が館址と目されている。

落合諏訪神社を正面から見るとこんなかんじ。

階段を上って高台に出ると、社殿がある。


案内板によると、社殿は江戸末期のものだけども、神社は平安後期から存在したと推定されているとのこと。


落合五郎兼行ってば中原一族とも根井一族とも言われてて、実はどっちに属してるかワカラナイ。親同士か本人に婚姻関係があったと考えるのが自然かなあ…。


といいつつも早速移動、現在の中山道・国道142号にもどって「お食事処・みかさ」から西に入ると、矢嶋地区へ。
次の目的地「正覚山宝泉寺」。


池の向こうにあるのが宝泉寺。


この矢嶋という集落は、根井一族の一人・矢嶋四郎行忠の本拠地で、宝泉寺はその矢嶋四郎行忠が開祖といわれる。

ここの見所は、宝泉寺裏にある「矢嶋五輪塔」。

室町期に作られたとされ、矢嶋氏が先祖供養の為に建てたものという。梵字が入った、高さ150cmほどある立派な五輪塔だ。


矢嶋地区にある馬頭観音碑を通り過ぎながら


北西の山手に向かい、矢嶋集落を見渡せる小高い丘に登っていくと、そこが実は「矢嶋城址」。
登って下の道路に下りてみたら案内板をみつける。




道路を通すため?なのか、一部分が分断されてるけども舟形をした丘が続く。

現在は五郎兵衛新田が広がるが、中世の頃には根井一族の私牧だったという。
宝泉寺脇の道路から撮ってみた写真↓の奥の台みたいになってるのが城址。


城址を堪能した所で移動しようかと思ったら、駅でもらってきたパンフに「矢嶋の道祖神」の紹介があったので、コレも探してみる。

宝泉寺から南西へいくと左手に神社っぽいものが見えてきて、2つの社殿のうち、1つが諏訪神社、この境内に長野県最古(寛永年間)の宮型道祖神(石祠製)、通称「矢嶋道祖神」がある。もうひとつはナニ神社かわからず…。



国道142号に戻り、次は「望月城址」を目指す。
マップ上は老人ホームを目指していくと分かりやすい。途中、旧中山道の難所・瓜生坂を登る。と、いってもこちとら車なので車道を楽々移動。


瓜生坂碑」のところで西に折れてちょっと行くと


チョーひっそりと「望月城」の案内が出ている。
山道よりちょっと広めの道を歩いていくと、きちんと耕された畑に出て、一瞬「?」と思うけども、案内板などがあって、実はカナリちゃんとした曲輪址が残っているのがわかる。畑を迂回して主郭まで上ると中山道の宿場町・望月宿を見下ろす位置にあり、見晴らしがヨイ。






ここから西に山を下りていくと「望月山城光院」、望月氏累代の菩提寺で、元は館があった場所だという。
が、車のことを考えてお寺は車で下に下りてから行こう!と、思っていたら行くの忘れた(>_<)


とおりすがりに「望月宿」へ。

江戸時代の頃の宿場の雰囲気が残っている。

中山道沿いに「大伴神社」があり、こちらにも立ち寄ってみる。





延喜式に記載の式内社とされ、伴(ともの)庄がこのあたりだったのではないかと目されているが、候補地がもうひとつ伊那にあってハッキリしない。
境内には石祠がたくさん。調べたらなにか由来がありそうだ…


ここまで西に向かっていたんだけども、佐久方面にUターンする。

高良神社」に寄る。ホントは駒形神社の次に旧中山道沿いに西にいけばこの高良神社正面を通るので、廻り方としてはそっちのほうがいいかもしれない。

一の鳥居をくぐって(八幡神社とセットになっているので石碑は八幡神社となっている)


二の鳥居と楼門。この楼門が豪華!


三の鳥居(というか門)をくぐって



その正面に高良社。


右手に八幡社の社殿。


と、案内板。


創建年代はわからないが、貞観元年(859年)滋野貞秀によって建てられ、望月三郎公に鬼門除けの神として信仰されたという。
三郎…?といえば、有名なのは木曽殿の嫡男・義高に従って鎌倉に下った義隆?
なにはともあれお参りして先を急ぐ。


次の目的地、「天神山正法寺」は根々井という地名の場所に建っていて、このあたりが佐久平の豪族・根井氏の本拠地。


もとは正法寺を含む一帯が、根井大弥太行親の館だったといい、境内には行親の妻が建てたと言われる供養塔がある。

四方をゆるい台丘に囲まれた立地からみて監視がしやすく、戦に備えた館というよりは、軍馬のトレーニングセンター的な施設だったように思える。


次は南下して「今井城址」へ。
今井という地名の場所にあり、今井兼平の城ともいわれてるけどもそれ以上の伝承は残っていないようで残念。

こちらは川と断崖の接する場所を選んだ、軍事的な拠点に思われる。
曲輪址、らしい。あまり城郭にくわしくないんで、多分…(^^;

今井城址碑や駒繋石なんかもあるらしいが、現在は墓地になってる部分もあるので、あまりウロウロしないことにする。
ここも不完全だけど△の地形で、南の一方は切立っていて千曲川が流れており、西も崖になっているので戦では守りやすそう。
西の平地には、さらに館址もあるというが、素人に分かりそうもない田地なので、ながめるだけにしておく。


すっかりお昼もすぎたので、ここで昼食。
駅のパンフにこういうのがあったんで
   ↓


安 養 寺 ら ー め ん !



いわゆるご当地グルメで、信州みそを使った一品。今回寄らせていただいたお店は「麺や 天鳳」さんの安養寺らーめん850円+味玉。
すりゴマ&練りゴマと味噌がマイルド〜♪
はらごしらえをしたところで、今度は千曲川沿いに南下、佐久穂町へ。

道路脇に案内板があった。


抜井川沿いにある館(たて)地区楯六郎親忠の本拠地といわれる場所で、ここにも館跡が残っているらしい。

しかしコレがなかなか見つからない!

何度か往復してやっと「月見石」をハッケン。


月見石は楯館址の西端にあるという情報があったので、車を路肩に停めてこれを目印にしてあちこち探しまわる。


楯館址碑」ホントはこれを先に見つけるはずだった…、楯館址の東端にあたる場所。ビニールハウスの向こう側は崖になってて抜井川が流れている。

南の山手に上っていくと「月見公園」という怪しげな入口があり、


登ってみるとけっこうな山で(といっても5分くらいだけど)展望小屋あたりからは館地区を一望でき、眼下にはちょうど月見石が見える。有事の際に物見に使ったんだろうなーと思われる。

月見公園入口からさらに道沿いに上っていくと三叉路に「楯六郎 番屋址」という小さな石碑がある。↓ちっこい方の石碑がそれ。


昔はここを街道が通っていたといい、館集落の入口だったという。
さらに道なりに上ってみると小さなお稲荷さんの脇に長寿桜という古木があったり公民館があったりして、本来の居住区はこの高台の方らしい。


国道299号に戻って東にいくと今度は大日向地区へ。
テキトーなところで右折して南の山ん中に入っていくと、運良く「大影城址」(大涯城)へ。


案内板があるものの、柵で囲われた畑地。
別名・矢田城といい、矢田判官代義清の城だったとも伝わる。


山から下りがてら、抜井川の側から見ると城はまさに崖の上にあり川の横を走る武州街道(国道299号)を見下ろす好条件。


国道299号側からみた大影城のあたり。
橋の名前が「大影城橋」だから分かりやすい!

この街道をひたすら東へたどっていくと、なんと!(ってコトもないけども)児玉党の本拠地のあった児玉郡にたどりつき、そこから北上すると上里(義賢の菩提寺がある)も近い。
このルートもいつか通ってみたい…と思うけど佐久方面にもどる。


ここでまだ日の入りまで時間がありそうだったので、ついでに「龍岡城五稜郭」「新海三社神社」にも立ち寄る。


↑堀の一角。
五稜郭といっても、函館みたいにタワーがあるわけじゃないので全貌はみれないけども、日本に2つしかないのでレア城だと思う!



五稜郭から少し東にいったところに新海三社神社、案内板によれば、佐久地方開拓の祖神「興波岐命」、御父神「建御名方命(諏訪)」、御伯父神「事代主命(恵比寿)」「誉田別命(八幡)」の四神をまつる佐久三庄三十六郷の総社、とのこと。
源頼朝が八幡を祀るよう沙汰したという。


三重塔は室町期に作られたとされる重要文化財、美しい。


今回は歩いてまわれなかったのは残念だけども、広範囲まわれたのでヨシとする。

今後行く事があれば佐久平からのルートは、駒形神社→(旧中山道)→高良神社→望月城址→城光院→望月宿→矢嶋地区→落合地区→根々井館址→今井城址、とした方がいいなあ…と反省。

望月宿には「駒月みそかつ丼」なるご当地グルメがあるらしいのでこれも試してみたい!

徒歩でチャレンジするなら、佐久平駅から千曲バス「望月行き」をうまく使って歩けば駒形神社〜高良神社〜望月宿くらいは1日で攻略できそうなんで、ヒマがあればまた行きたいトコロです。

ここまでおつきあいあざスm(_ _)m

2012年3月





<今回の移動ルート>

JR佐久平駅

駒形神社

鳴瀬落合地区

矢嶋地区

望月城址

望月宿

高良神社

根々井館址

今井城址

館地区

大日向

新海三社神社




◆今回のヒント

●物産ふれあい処「プラザ佐久」
●安養寺らーめん
●千曲バス(望月小諸/中山道線)



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