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旅 レ ポ 。


タイシャーの町、諏訪大社下社


タイシャーの町とは、家庭用ゲーム「メタルマックス2(SFC)」、「メタルマックス2:リローデッド(DS)」に登場する町。印象的な鳥居があったりする上、近くにはスワン(そのまま遊覧船が町になってる)という町があることから、きっと諏訪湖周辺がモデルなんだよなと思われる。

どうでもいい前フリが長くなってしまった…。さて、正月に実家から東京に帰るついでに、青春18きっぷで下諏訪に寄ってきたのでレポ〜ト。


…と、その前に。
でも実は元旦には奥州は平泉の中尊寺・毛越寺に行ってたんで、そのミヤゲ話を軽くすると、

青春18きっぷで東京から仙台に行って青葉城!


ずんだ餅!


深夜、仙台からバスに乗って毛越寺!


毛越寺から中尊寺!


金色堂!


弁慶堂!


平泉からバスで松島まで行って松島クルーズ!


というわけで初日の出。
明けましておめでとうゴザイマス!
0泊2日で極寒の深夜の旅だったんで、ホントお薦めしません。寒さで心臓が凍るかと本気で思った…


そして5日、下諏訪に至る。



前フリ長過ぎ…そしてここから本編。


下諏訪は何度か来ているんだけども、お祭(御柱とか流鏑馬とか)をメインで観に来ることが多かったので、フツーに史跡巡りしに行ってみた。


JR下諏訪駅から、徒歩15分くらいでまずは諏訪大社秋宮



さすがにお正月だけあって参拝客も多い。
巫女さんもいるし(しかも女子高生っぽい)コレは萌えるなーと思いつつ参拝。



相変わらず神楽殿も拝殿も立派!





さて、ゆっくりするヒマもなく脇にあるホテル山王閣へ。





この敷地あたりが手塚光盛居城の「霞ヶ城(別名:手塚城)」だといわれ、諏訪湖周辺の町を軽く見下ろせる位置にある。
諏訪大社から赤い橋を渡ってホテル敷地に入るんだけど、この橋の下は道路。ナゼここに道が?と毎度思うが、この不自然さは堀だったかもしれない。



手塚城といいながら、ホテル前の駐車場にあるのは金刺盛澄像。鎌倉御家人で弓の名手で下社大祝の英雄。



立地から考えてこの手塚城は金刺盛澄の平時の館だったと思われ、盛澄の弟・手塚光盛の方が若干有名になったから手塚光盛居城…と言われるようになったのかも…?<ここまで妄想


秋宮正面から左に延びる道は西から北へ向かう中山道と、東へ向かう甲州街道の分岐点にもあたる。




新鶴さんから5分も歩かないうちに「うらかめや旅館」の看板が右(山手側)に見えてくるので道を曲がる。旅館前を通り過ぎて坂を上っていくと途中こんな碑があって




「城の腰館」といういかにもといった名前の公民館がある。
これが「鎌倉街道ロマンの道」のランドマーク。
Google Mapには載ってない山道が北に続いているので、入口の道祖神をみながら登山開始!


心細くなる狭い山道だけども「鎌倉街道ロマンの道」の道しるべが随所にあるので大丈夫。

まずはいきなり看板に「一念坂」とある坂を登っていく。
…一念て何?


途中、三叉路があり、道しるべにこう書いてある。

→桜ヶ城跡(上に続いている)
→駒王坂(左手)
→一念坂(入口から登ってきた坂)



まずは上(桜ヶ城跡)を目指す!
と上を目指すこと20分くらい?でちょっと広い場所に出る。そこから主郭と思われる高台にいく道の間に網柵がしてあり入れない。



立ち入り禁止…?と思いつつ扉に近づいたら、なんとケモノ除け。


到着!桜ヶ城!!ってイキナリ鉄塔がお出迎えなのがアレだけどね(^^;




思ったより広いかなあ…とおもいつつ、物見台?から諏訪湖を眺めると、これが絶景!
しかし冬の低い太陽では逆光でまぶしすぎてヨク見えないよ〜


諏訪湖の下の黒い影が諏訪大社秋宮と手塚城のある森。

元来た道を引き返して駒王坂へGO!

駒王坂方面にある鳥居をくぐると、


金刺盛久の句碑があったり、


様々な神様がお祀りしてあるが、温泉地ならではの祠があったのが面白い。


その奥に突如一念石ハッケン。


金刺盛澄は弓馬の名手、頼朝の軍門に下り流鏑馬奉納を命じられた際、ここで座禅を組んだという。
この逸話から碑を建て、ここに至る坂を一念坂と名付けたとか。
なるほど!だから一念坂!


このまま一念石を通り過ぎていくと駒王坂(下り)。


雪についた足跡情報をみると、本日のニンゲンは私が初めてらしいw


途中、木曽義仲の矢倉をハッケン。


案内板によると、幼少の義仲(駒王丸)には秋宮の森から桜ヶ城への近道のこの坂が遊び場だったんじゃないか、というわけでいつからかこの坂を駒王坂という、といった事が書いてある。
また、矢倉についても、木曽殿が作ったわけではないが桜ヶ城のイメージとして作ったもの、とのこと。
石組みがチョー新しいのでそんな気がするけども、ちょっとまぎらわしいかなあ。


坂をずんずん下りていくと墓地を見下ろしながら、いろんな神様が祀られている場所に出て、


さらに下りると道しるべがある。


ちなみに、橋は渡らない方が懸命…。


大岩不動尊はさらに小川沿いに下っていくと祠や石碑だらけの場所に出るので、実はさっきのいろんな神様の一柱がお不動さまだったのか〜!と理解する。


なるほど、下から見上げるのが正解なのね〜


改めてお参りし、すぐそばにある真清(ますみ)神社へ。
カナリ分かりやすい和合の神様。
なるほど。


ここで現代の中山道に下りて、春宮方面へ。


と、言いつつちょっと戻って来迎寺。ここには平安時代の歌人・和泉式部の伝説が残るお地蔵さまが祀られている。

そしてここにも「鎌倉街道ロマンの道」看板があったので、こっちからも桜ヶ城に行けるのかもしれない。
ちょっとお参りして、左に見えている道を北西へ。

途中、東屋っぽい建物と下りの石階段があるのでこれを下る。
階段の左手には弥栄富神社や宝光院などがあるけども、武田信玄ゆかりの矢除けの石これだけチェック。


じつはこの階段の上には慈雲禅寺という古刹がある。が、今回はスルー。

道しるべのある三叉路を下って


やっと春宮へ。


春宮の参道にあたる道には立派な下馬橋があるのでこれもチェック。


諏訪大社の下社は夏冬に神様が移動をされ、春宮は夏まで、秋宮は冬まで御霊代がいらっしゃる。


春宮と秋宮の建物の造りや配置はほぼ同じ。


神社の左手から裏に200mくらい歩くと「万治の石仏」さまがある(けども、今回はまたしてもスルー)

ここでさらに本気モードなら、旧中山道をあるきつつ水月霊園の方にあるという山城・山吹城にむかうんだけども、元よりそんな気力ナシ…。さ、寒い…。


と、いうわけで、
中山道の旧道を秋宮方面に戻る。

先ほど下りてきた階段脇には清水があり、カップがおいてあるので実際に飲んでいいらしい。
案内板によるとここは「龍の口」といい、古くから旅人がのどを潤したという。


こっちの道は旧中山道の町並みが残っていてなかなかヨイ。↓は中山道の一里塚。


もう少し秋宮方向に歩くと御作田神社


温泉宿を抜けて坂を上ると、来迎寺のある4つ角に出る。
ちょっとみまわすとこんな古墳(青塚古墳)があって、この南側に鳥居と案内板がある。



毎度だけども秋宮の側にある新鶴本店さんで塩羊羹をおみやに購入。ホント美味しいんだよね〜ここの塩羊羹。


やっぱり旅に無茶はいけません。
ここで本日の旅は終了(といいつつ鈍行で東京までいかなきゃだし)



帰りがけにみつけたレンタサイクルの看板。
しまった!
これを使えば山吹城に行けたかも!(いや、多分上り坂ばっかりだからムリか…)




んでは新年もおつきあいあざス!m(_ _)m

2012年1月


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<今回の移動ルート>

JR下諏訪駅

諏訪大社秋宮

霞ヶ城(手塚城)

鎌倉街道ロマンの道(一念坂)

桜ヶ城

鎌倉街道ロマンの道(駒王坂)

来迎寺

諏訪大社春宮

旧中山道




◆今回のヒント

れんたさいくる



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