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旅 レ ポ 。


いきなり壇ノ浦決戦!!


「しものせき海峡まつり」に行ってきたッス〜
木曽殿はもういない世界なので(T-T)あくまで番外的な旅だけども!


関の先帝、博多の祇園、雨が降らなきゃ金が降る

という唄があるくらい、毎年この祭には雨がつきものだと教えていただいたんだけども、その「関(下関)」の先帝祭にはどうやら雨は降らない天気予報。


ラッキーかと思いきや、そのかわりにものすごい黄沙でまるで霧雨。で何を撮ってもボンヤリ白い…

世の中そうウマくいかないなあと思いつつ
まずは山口宇部空港から高速バスで下関まで移動。

下関に向かう道すがら、これから行こうと思ってる場所をどんどん通過していくのでテンションが上がりまくり!


それもそのはず?、壇ノ浦ちかくの国道9号は山陽道!


辛抱たまらんので唐戸停留所で下車して亀山八幡


赤間神宮に参拝。


赤間神宮には先帝祭3日間の予定が。



赤間神宮は先帝祭の会場になるので、祭の前の静かなうちにお参りしておきたかったので丁度よかった。



奥には平家一門のお墓がひっそりと佇む。
思ったより狭い。

あれほどの権勢を誇った一門のお墓にしては控えめ過ぎの墓石で、五輪塔も小さなものがあるかないかくらい。
多分後世に建てられたものばかり。。。
敗軍の扱いがいかに壮絶か考えさせられた…


耳なし芳一の木像もここ。


そして壇ノ浦方面に徒歩で移動。
バスはかなり本数があって、10分も待ってれば確実に乗れるんだけどそんなのもったいない!


謎の石とか、

お稲荷さんとか

見ながら海峡に沿って狭い歩道を歩いていくと御裳川(みもすそがわ)に到着。



この辺りから壇ノ浦が一望できる。


義経と知盛の像もお出迎え。

ところで、ワタシにとって壇ノ浦といえばラストダンジョンみたいなものなので、まだ平家物語ゆかりのあんなところやこんなところにも行ってないのにイキナリ来ちゃって大丈夫なのかと(@-@)
余計な心配してたんだけど意外と平気だった。


さて、壇ノ浦のおさらいをすると、

元暦2年3月24日卯の刻、赤間が関にて矢合わせ開始。
潮の流れに乗って彦島から出発した平家船団1000隻(御座船など大型船含む・吾妻鏡では500)と、これを迎撃せんとする源氏船団3000隻(熊野水軍と河野軍含む。吾妻鏡では840)は、潮流に押されつつ激戦、満珠干珠の手前で源氏軍は苦戦。
しかし午後になり潮流が逆転、決定的打撃を与えられないまま平家船団はじわじわと壇ノ浦まで押し流される。

ここで有名な義経の水夫舵取り攻撃で統制が取れなくなった上に阿波民部の裏切り(300艘離反)で作戦は失敗、平家軍は一気に敗退ムードに。

せめて敵将義経を冥土のみやげに討取りたいと攻撃するも敵わず教経、知盛といった主だった武将らは自死、安徳帝はじめ平家一門は入水し果てる…
と、言うまでもなく物語のクライマックスである。



…いろいろと戦略に思いを馳せ海を眺めつつ「平家茶屋」で腹ごしらえ。
なんでも瓦そばなるものがランチにオススメだというので、それにしてみる。


瓦だ!
ちょっと焼きそばみたいで香ばしくて美味。
食後、すぐ近くにある関門トンネルに向かう。



エレベーターで地下深く降りて歩いて九州に渡れるんだけども、ニ位の尼いわく「波の下にも都のさぶろうぞ」の都のさらに下を歩くのかと思うと複雑な気持ち…
閉所恐怖症にはヤヴァそう。



断言する!
壇ノ浦に来たらみんな平家贔屓にならざるを得ない!
日本人は滅びの美には抗えない…たぶん…



さて、門司側に到着してまずは和布刈(めかり)神社にお参り。


「新平家物語」で義経が何かしたエピソードがあるとか。やっぱ吉川英治先生強いなあ!



ここから一気に山登り。
本当は山頂に向かう周遊バスがあるんで、これから訪れる方にはバスを強くオススメ!


途中、下関を一望できるビュースポットがあり、


壇ノ浦合戦の壁画もあるので是非!


さらに上に登っていくと途中「満珠・干珠」の島が見える。…はずがこの日は黄砂で(ry

そして「門司城跡」に到着!

入り口にあった石碑の説明によれば、元は平知盛が家臣に命じて城を築かせたとか。
しかしここからだと壇ノ浦も満珠•干珠も見えないoTL
木を切り払えば見晴らしがよいと思うんだけど。


さすがに歩いて下山するほど体力もなかったので城址から「めかり山荘」というところまで10分くらい歩いて、そこからバス。

はじめの『関の先帝、博多の祇園〜』という唄を教えて頂いたのは、このバスの運転手さん。
九州側には平家の女官が河童になってしまった伝説とそのお祭りがあるとか、楽しいお話を聞かせていただいた♪
地元の方と話せるのは一人旅の醍醐味というか。


宿は下関にとったので、門司港からフェリーで唐戸港に渡る。


わずか6分の船旅、潮の激しさを体感できて楽しい。
そして海から眺める赤間神宮は、近くでみるよりずっと感動!
赤間神宮も亀山八幡も海から拝するようにできたデザインなのでやっぱり船から見るのがベストでしょう!残念なことに波が高くて写真は撮れなかったけども(> <)





次の日は朝から歩いて下水処理場へ。
この処理場の裏あたりの岩場に安徳帝が流れ着いたという言い伝えがある。
特に石碑などもなく、国道はあまり人が歩ける様になってないので眺めるだけのポイント。


さて、先帝祭はこの日開幕、
テンション↑↑で下関駅からバスにて赤間神宮へGO!

しかし「御陵正辰祭」は関係者だけで粛々と行われていたので、赤間神宮を素通りして御裳川へ。
ここで「火の山」に登って山口県側からの壇ノ浦の眺めと、満珠干珠を観たい!
ロープウェイで頂上にスイスイ、しかし、やはりというかこの日も黄砂!
満珠干珠は肉眼ではうっすら見えるけどもカメラには写らず…oTL


かろうじて関門橋は見えた…


火の山展望台にはイマドキ珍しい回転レストランがあるのでランチ。
ふくの関「武蔵どんぶり」

武蔵…ってのはふくとサイコロステーキの二刀流ってコトか…!
視界クリアなら、ここから巌流島も見えることだし。



ここで山口の友人とおちあって赤間神宮の奉納神楽を鑑賞。
神楽っていえば漠然と、巫女さんが静々と舞うのかな〜とイメージしてたら、ものすごいの出て来た!


べ、べんべんと義経くん…!?派手すぐる…!


この日は広島の本上地神楽団による安芸神楽「壇ノ浦」という演目が奉納されたんだけど、笑いあり涙あり戦いありでサービスしすぎでしょ!

ビジュアル系知盛さんwww自重www


このあと、筑前琵琶奉納、平家一門追悼祭と続くがちょっと疲れたんで唐戸でコーヒータイム。
安徳帝正装参拝に戻る。

安徳帝の子カワイイ!


そして敦盛がオッサンてのはどうか!?偉い人が扮装するから仕方ないのか!?


と、モヤモヤしつつこの日のお祭りイヴェント終了。


まだ陽もあるので、再度「満珠干珠アタック作戦」を決行。
小月行きバスに乗り、「豊浦高校前」で降車。豊功神社を目指す。駅で拾った観光パンフによると、ここが満珠干珠のビュースポットらしい。


やっと見えたよ満珠干珠〜!!
しかも源氏船団苦戦の戦場が目のあたりにできてヨカッタ。


浜に降りて散策。どっちが満珠で干珠かは諸説あって結局わからないらしい。


このあとも高杉晋作や龍馬に関連のある町を散策。
夜になってからは下関タワーに上ってみたりと普通の観光客らしい行動も抜かりなく
遊んでみました






三日目。

朝はお祭りの前に一働き、と下関駅から彦島方面のバスで彦島に上陸。
よーく見ないと陸続きみたいだけども、ちゃんと島。
前日に裏からみた彦島↓


相田バス停で降りて「清盛塚」を目指す。
バス停から進行方向にちょっと歩けば看板があるので見つけやすい。



立看によると知盛が清盛の遺骨をここに祀って平家の守りにしたとか。
見晴らしもよい。
塚自体は時代が新しいので伝承だけ残っていたのかもしれないなあ。



「しものせき海峡まつり」メイン会場に移動。
程なく平家太鼓と踊りが始まる。

お次は一番観たかった船合戦!



ちゃんと源氏は左手(満珠干珠方面)、平家は右手(彦島方面)から登場し、御座船には安徳帝とニ位の尼はじめ平家の公達がノボリ付きで乗り込んでおられる〜。



源氏の船には義経にベンベン、静がちゃんと乗ってたw
*船は壇ノ浦を何周かしたので写真の源氏の船は右向き
和田義盛とか御家人衆もいたんだけど、ウワサによると木曽殿もいたらしい…

いや!木曽殿そこ(壇ノ浦)までいないですから!



ふく鍋とウニ弁当を平らげて、ちょっと悩んだけども武将行列と上臈参拝は見物客が多そうなのでやめて、史跡を優先する。


前田バス停で降車し、海岸沿いにちょっと戻ると「平家の一杯水」という井戸がある。
伝承によれば、平家方の兵がこの海岸に流れ着いてのどの渇きを潤そうと井戸から水を飲んだらとても美味しく、さらにもう一杯と汲んだところ潮水になっていて飲めなかった、という。



前田バス停に戻り、今度は大雑把に言って北に移動、勿論徒歩。
昔の山陽街道の趣きありそうな道を前田郵便局を左手に見ながら行くと、「霊鷲山登山口」という看板がある。



ここから道なりに行くと高畑地区、小さな集落に出る。
さらに道なりに坂道を上って「平家塚」に到着。


これは入口にある石碑、ここから小道をちょっと登る。

塚は平家の落人のもので、昔は「平家やぶ」といわれ祟られると恐れられていたとか。小さな五輪塔があちこちに群立していて、そのひとつひとつに手を合わせる。


今はきれいにしてあり花もたむけられていた。
あまりにも目立たないようひっそりとしたたたずまいに胸がいたくなる…浮かばれていただきたい…



さて、メイン会場に戻ってくると、ちょうど源平ページェントが始まるところ。

に、二位尼が軽やかに踊っておられる…!

ラストは上臈道中のステージ。


何故上臈行列があるのかというと、平家に従ってきた女官やその娘は敗戦ののち身の活計を知らず花を売ったと。
しかし平家一門の命日にはかかさず菩提を弔ったという伝説に由来する。




しかしこの日は移動しなきゃなので、ここで会場からはさようなら〜ノ


下関駅に戻ったついでに駅近くにある「大歳神社」に走ってお参り。
こちらは源義経が戦勝祈願したという伝承が。

↑この看板によると、義経が文治元年に有明山(下関駅の線路敷)に大歳御祖神を祀って戦捷祈願したという。



けっこうな階段だけどもちゃんと上まで昇った!





四日目。

知人宅に一晩ご厄介になり、あまつさえとらふぐの刺身と酒をいただきつつBSで溝口健二監督の映画「平家物語」を観るという極楽待遇!
ついでにその知人が、山口に住んでいながらお隣は広島の宮島に行ったことがないと言うのでこの日は急遽安芸の宮島に渡ることにする。

完全に来年の大河ドラマの予習やないか〜!

と言いつつ、そういうワタシも修学旅行で行って以来だったのでウッキウキ。

JR広島駅からJR山陽本線で約30分、宮島口駅で下車。
そこからJRの連絡船で15分くらいで宮島に到着。



まずは腹ごしらえで穴子釜飯、

宮島は穴子が名物ということでいただく、ウマイ!

この日?は引潮で、大鳥居まで歩くことができた。
満潮には小舟で大鳥居を観るツアーもあるらしい。
さて、世界遺産・厳島神社にGO!


観光客だらけだけども異変アリ。震災というか原発の影響なんだろうなあ、外国人観光客がほとんどいない。



そんなことはお構いなしにグイグイ奥に進む。

平家物語で有名なエピソード、平判官が喜界島に流された折に作った卒塔婆が流れ着いたという「卒塔婆石



その後ろには後日彼が奉納したという石灯籠。



そして国宝の高舞台。

意外と観光客に気付かれないでスルーされてるかも。
コーエーの某オトメゲーでもちゃんと出てくるし歴女はチェックしてるよね?



正面。
平舞台の先端は観光客鈴なりで写真はパス。


能舞台。江戸時代のものらしい。うう、豪華すぎる…!

渡った先にある、小松内大臣お手植えだったという松。



ぐるっとまわって、
ゴッシー(後白河法皇)行幸の折の記念植樹だったという松も。


など。
平家ゆかりのもの多し!サスガに平家納経などは本物を見られるワケじゃないけども〜。ちょっと残念。


後世に秀吉が造らせて建設途中のままだという「千畳閣」も拝観。
奉納絵馬や額が非常に見応えある。巴ちゃんっぽいのもあったしー



そして、後世に造られた「清盛神社


そのそばにある清盛茶屋で一服。
なんとこちらで潮干狩の道具がレンタルできちゃう。

でもこの長ぐつ…何かフクザツだ…
GWはちょうど潮干狩シーズンで、国宝そっちのけで引潮の砂浜を掘っているヒト多いし!



ラストスイーツは宮島の町家通にある「和カフェ はやしや」ほうじ茶アイスのあんみつ。
これを食べてたせいで連絡船に乗り遅れたのはナイショw



こんなカンジで今回の源平旅は終了。

このあと京都の友人宅にも一泊させていただくもサスガに六波羅に行く元気
なく、一日中「京都国際マンガミュージアム」で漫画を読むとか。でもほんとここマンガ好きにはいい聖地、癒されたお〜♪


毎度おつきあいアザー
!m(_ _)m

2011年05月





<今回の移動ルート>

ANA/山口宇部空港
(→高速バス下関駅)

さんでんバス/唐戸
亀山八幡

さんでんバス/赤間神宮
赤間神宮

さんでんバス/御裳川
御裳(壇ノ浦一望)

さんでんバス/前田
平家の一杯水

平家塚

さんでんバス/豊浦高校前
豊功神社(満珠干珠一望)

さんでんバス/杉田
彦島(清盛塚

JR山陽本線/下関駅
大歳神社(義経縁)

JR山陽本線/宮島口駅からフェリー

厳島神社




◆今回のヒント

下関ステーションホテル
 駅近、シングルのお部屋もあって
 女性一人でも大丈夫。

サンデン交通(さんでんバス)
 下関の移動はバスが便利。
 本数も多くて心配ない。

宮島観光公式サイト
 いうまでもなく平家ゆかりの
 厳島神社がある。



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