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旅 レ ポ 。


燧ヶ城攻略ゥ!!(と寄り道いっぱい)


今回は木曜日に思い立ち土曜のホテル予約を取るという唐突かつ
計画的スタート。
さすがに福井県は日帰りできない気がしたんで…


ルートはすぐに決まる。ただし電車だと時間がかかりすぎるので、自分ルール違反だけども車を使用することにした。


朝、東京を出て新幹線でまず駅弁w
焼売炒飯弁当850
円。


名古屋駅で新幹線を降りて岐阜駅から乗用車。

何故岐阜スタート?っていう理由はイロイロあるけども、その一つにはどうしても越前街道&美濃街道を通りたかったのがある…




しばらく走ると「九頭竜湖」が見えてくる。
湖のむこうにはどういういわれがあるのかは知らないが「平家岳」という山が。
ヨクわからないけど左奥の山?
   ↓




……
てゆーかナニコノ冬景色!状態。ついさっきまで桜が散りかけで「ちょっと暑いかも」と思ってたのが一変!


途中「穴馬神社」という神社があって、ネーミングに惹かれてお参り。


写真で見てもあまりスケール感が解らないけども、ものすごく鳥居がデカい。由緒によると九頭竜ダム湖に沈んだ村々の神社を合祀したとのこと。

そう、この湖は人口の池…!


もう少し進むと「仏御前の滝」


立看板によれば平家物語に登場する仏御前はこのあたり(仏原栃沢)の出身で、ここの滝で髪や顔を洗ったことからこの名がついたとのこと。

滝を見るにはちょっとした登山道を登らなきゃいけないんだがなにしろここはまだ冬の国。
こんなとこ歩くのムリです母さん…!↓



ちなみにこのあたり田舎に強いdocomoですら圏外。





越前大野を過ぎて勝山市の「平泉寺白山神社」に到着。



ここは返り忠でおなじみの平泉寺長吏斉明威儀師の平泉寺なワケですが、由緒書きには義経が逃亡時に寄ったことは記されているが斉明のコトは書かれていない。
どうやら黒歴史にされたか、別の平泉寺らしい…!

そして本来は苔むした風情が楽しめるらしいがこちらもまだ雪が残っている…というか全く解けていない状態。
平泉寺を訪れるなら5月以降がオススメ(-_-;)

境内にある神泉・御手洗池(みたらしいけ)は幽玄なるたたずまい、この泉が平泉寺という名称の由来になったとか。


ところで平泉寺白山神社は往時の平泉寺のほんの一角でしかない。このあたりの地名はほぼ平泉寺の敷地に関連していてカナリ広大。「境内都市」を形成していた一大勢力だったのが多少は実感できるかも。
研究者の方だったらゴハン3杯はイケる場所だと思う。


↑ヨクワカラン写真になってしまった;;;
白山神社の参道を登ると、現在の社殿の奥に礎石があって、正面が四十五間あったという国内最大級の拝殿があったとのこと。惜しくも1573年に兵火で失われた。

とにかく石垣の石が大きい!権力の象徴ですなー

そして忘れちゃいけない芭蕉先輩の句碑

参道に鎮座してた。木曾殿ヲタの先輩のことですもんね、いや〜あると思ってましたw


さらにココ平泉寺には楠木正成公の供養塔もある。時代は下るがせっかくなのでお参り。






ついでに撮ってみた平泉寺の近くにある勝山城。博物館になっている。→勝山城博物館HP
平泉寺の資料などがあるらしい?けども急ぐ旅…。







平泉寺を後にして坂井市へ。丸岡城という現存の(江戸時代かそれ以前から今まで現存している)木造天守を有する城があってテンションがアガる↑↑↑

現存天守は、登ってみると階段の高さと急角度にシビレるゥ〜wというか多少命の危険を感じる
近代復元されたお城にはない本物ならではの魅力です、ってまだ5/12しか登ってないけど…

城2つめ写真ゲト!こんなことなら大野城にもいっとけばヨカッタ(^ ^;


丸岡城の近くにある「称念寺」にもお参り。


このお寺には新田義貞公のお墓がある。



また、明智光秀公が浪人中に逗留していたという。

そしてここにも

芭蕉先輩の句碑。
最近思うに、先輩のファンだと思われても仕方ないくらい句碑の写真撮ってる気がする…





さて、本来の目的地、金津町「御簾尾」へ。



このあたりが「三条野」だったんじゃないかといわれるも不明。(写真は熊坂川を背にして南側を見たところ。多少開けた野原になっている。平家はあの山あいから追っかけてきたに違いない←テキトー)

訪問順序が逆だけども、燧ヶ城を追われた木曽越前連合
軍がいったん陣を立て直した(盛衰記)という。

北陸道はここから熊坂峠にかかる上に峠までは狭い谷間の土地(隘路)が続き、大軍を足止めする戦場として最適。


熊坂川。


この道を北東に進んで行くと笹岡という隘路を通って難所の熊坂峠にかかっていく。

GoogleMapでみた地形↑この狭さ萌える〜〜〜

しかし物語では今城寺光平くん(林光明さんちの嫡男)の戦死によりテンションダウン、連合軍はここも守りきれず安宅まで敗走。
よりぬき盛衰記→【源氏落燧城事】





…と、このあたりで日が暮れたので本日の宿のある福井市内に移動。

福井市でテンションあがったのは、福井城址の石垣の上に福井県庁があるコト!福井知事ってまさに一国一城の主気分が味わえるんだイイなあ、日夜国政に取り組むカンジも大名的w

ちょうど夜桜のライトアップがされてて綺麗だった!






さて次の日。
せっかくなんで観光要素も楽しみたいな〜と東尋坊に向かう。が。途中に「新田塚」を発見してつい寄り道。



新田さんのファンになる予感がする…!
この塚の掃除をされてた方が、近くの山の方に新田氏を祀った神社がある、と教えてくださった。なんでも以前洪水があった時そちらに移したとか。ファンになったらそちらを訪れさせていただきマス!


東尋坊に到着!



チャンチャンチャーン!←火サスのテーマ曲

これだけの名勝地、遊興の旅であればきっと木曾殿も足を運んだに違いない…。
と、まったくそんな思いを馳せるコトなく午後の活力のために「夕なぎ荘」さんでウニ丼を喰う!

夕なぎさんにある広い駐車場はタダだけど、よかったら何か買って行ってねシステム。
ちなみにここを通り過ぎておくに入って行くとある「東尋坊タワー」の駐車場も無料なのでそっちのほうがオススメかも?


東尋坊タワーの駐車場でひなたぼっこ中のニャー。



東尋坊を満喫して次の目的地に移動の途中みかけた

いつも物産展でお世話になってます若狭牛!
なんか牛の出来がよすぎる!





国道365線を南下して「大塩八幡宮」到着。
電車ならJR北陸本線・南条駅で降りると近い。鳥居脇に駐車場っぽい場所もあるので車でもオッケーそう。



ここは実際に戦闘こそ起こらなかったが木曽軍が布陣したといわれる山、らしい。
布陣図の看板もあってなかなかに面白い。
「義仲・巴ら勇士を讃える越前大会」による「木曾義仲本陣跡伝承の地」石碑もある。

そしてこの奥には堀切址も現存。




さてそれでは
本日のメインイヴェント「燧ヶ城址」

登山口は旧北陸道沿いにあり、車は3台くらい停められそう。電車ならJR北陸本線・今庄駅から歩いて行ける距離で、昔の街道の風情も楽しめる。

↓この看板が登山口の目印。


そして!
福井市に入って以降すっかり忘れていたのだが、またしても山は冬の国!↓登山口も道がみえないヨ!


雪山登山なう〜↓「←燧ヶ城址登口」と書いてある


すれ違う方々はみんな年配だがトレッキング歴長そうな重装備で、普通にコートとスニーカーでザックも持たない自分変な人すぎる…oTL

何度か滑ったりして、東尋坊より命の危険を感じたけどもなんとか山頂に。



小さな石垣が残されているが、これは麓の新羅神社が山頂にあった頃の名残だと思われる。

山頂の平地部分は300m×60mの楕円形で、上から周りを臨むと巨大な船に乗っているような気分。
ただし現存の平地部分は狭いので、山頂に篭城するとしてもギューギューに詰めて1200人くらいが限度?な気が。

覚一本には『木曽越前軍6000に対し平家軍10万』とあるが木曽1500〜3000に対し平家軍4万、くらいのスケールの気がする。


平家物語にあるように四方のうち西方は鍋倉山・藤倉山。三方は谷になっていて、ここに水を貯めて湖にしたとしたらカナリ難攻不落!

山頂から北をのぞむ。南は木が生い茂ってて写真は断念oTL

ここでイメージしたのはモチロン九頭竜のダム湖。
(あそこまで広大じゃないと思うけど)

水は、季節にもよるけども雪解けの今くらい(4月)の時分なら水量は十分そうで、南北をはしる日野川と西の新道川を塞き止めて貯めることはできる…。そして実際に平家が到着したのは5月(旧暦4月)。


平家軍が斉明の密書で知った堰の弱点がどこかが気になるが盛衰記にある「東の山の根」って?どこ?
日野川の川下は北の方だし、東といえば「旭」という地名の支流のあたりだろうか…?
旭のあたりが今庄駅より低かったらビンゴなんだけどイマイチ確信が持てず(>_<)



燧ヶ城にも堀切址が残されているが、土橋の石組みの補強は戦国時代のモノっぽい。あて推量だけど。


篭城は神経消耗戦なので、平泉寺の斉明が対岸の赤旗の量に怯えるのもありえないことはないが、もっと冷静なリーダーがいたら守れてたかもしれない。
すでに水津で根井先方隊が一度『10万の』平家を足止めし、後方の木曽軍本隊5万は越後国国府で準備中。もちこたえられれば支援は確実だった。はず。

↓ふもとの新羅神社。


ふもとに降りてきたついでに新道川にもまわってみた☆
川のすぐ向こうが愛宕山(=燧ヶ城址)。ここも水浸しになってれば守備は問題ない。



さらに日野川から燧ヶ城址を見てみる。右にある山が燧ヶ城。川の水はちょうど雪解けで絶賛増水中。






…と、燧ヶ城検証で力つき、うっかり水津に寄るのを忘れて帰路についたのはナイショw

ちなみに水津は現在の福井県敦賀市杉津で、若狭と越前の国境で敦賀湾を見通せる軍事拠点。…なんだけども、今では北陸自動車道の杉津PAは恋人の聖地w 平和だなあ。

次があれば、水津に軽く寄りながら「林」「富樫」「河上」城という難易度の高い場所に挑戦したい…かもしれない…
そして行くならトレッキング装備するべきだと思う…


毎度おつきあいアザース!m(_ _)m

2011
年04月


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<今回の移動ルート>

JR中央本線/岐阜駅

車/九頭竜湖・仏御前の滝

平泉寺白山神社

金津町御簾尾

大塩八幡宮

燧ヶ城址

*無関係な場所は割愛




◆今回のヒント




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