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旅 レ ポ 。

何が何でも今日しかないのよ丸子。


何故なら、4月19日が義仲桜のピークだから(多分)

昨年上田市を訪ねた際、丸子に「義仲桜」という桜があるという情報を得て虎視眈々とこの日を待っていた!というのは言い過ぎだけど楽しみにしてましたw

そしていつものように早朝からゲリラ的に出かけ、しかしこの日は珍しくも4月の大雪が降ったので新幹線が途中で止まっちゃうしもうどうしようかと;

アクシデントはあったけども(20分遅れくらい?)上田駅に到着、そのまま上田電鉄別所線に乗り換える。ちっちゃい電車がカワイイv

20分くらい?で下之郷駅で降りる。
ここから上田バス西丸子線に乗る…予定だったけど新幹線が遅れたおかげで時間がズレてしまったので、下之郷駅近くにある「生島足島神社」にお参り。

こちらも由緒ある神社で、真田氏や武田信玄蹟の古文書も多数あり戦国ファンには垂涎モノ。
 
そして神社の七不思議、境内の樹齢800年の夫婦欅。

さて、バスの時間になったので、おそるおそるバスの運転手さんに「このバスは丸子に行きますか?」と聞いてからバスに乗る。乗客がワタシだけの事もあってか、親切にも降車場所を聞いてくれたので「御岳(みたけ)堂オネガイシマス」と頼む。
なにしろバスは2〜3時間おきにしか走ってないので間違いがあってはならないんである。


そろそろ心配になってきた頃、右手に「依田神社」が見える。
そこをちょっと越えると「御岳堂(みたけどう)」のバス停、次回からはコレが目印になるかも。
さっそく「依田神社」にお参り。
雪が降ったおかげで、誰の足跡もないから本日ワタクシが一番乗りだと分かる。なにか動物の足跡もあったけど気にしない。
神社には小さな祠と石碑も見つけたけど由来は判らず…。てか依田神社は氏神さまらしいが、依田氏についての立て看板とかなかったのが残念。

続いて「岩谷堂」を目指して道なりに南下。
道を間違えた?と心細くなりそうな頃に看板をハッケン。

しかし、まだまだ歩く。


そして、岩谷堂に着く前に「宗龍寺」の看板が見えてくる。


こちらのお寺の裏山が「依田城跡」ということなので登ってみることにする。

宗龍寺自体は室町時代に創建されたお寺さんで、立派なのだが、軽くお参りをしてスルー。
しかし…多分この細い山道をさらに登るんだろうなー的なルートを見つけるも、単に山道な上に雪が積もって道がよくわからないので断念oTL
ヒジョーに口惜しかったけど命は大切にしないとね…(´・ω・`)


ガカーリモードで元の道に戻ってさらに南下、ほどなく「義仲桜」の看板が。


さらに「義仲馬大門」のカンバンがあるのでなんぞ?と思ったが、後で「義仲が来た時に馬のままでこの門を通り過ぎた」といういわれがあると知った…


「岩谷堂」到着〜!\( ゚∀゚)/

さっそく階段を上って行くと、


「義仲桜」!


樹齢800年といわれる見事な古木!

下から見上げてみた。


岩谷堂、というだけあって大きな岩肌に張り付くように観音堂が建てられており、ここからの丸子の町のながめも非常にヨイ。
ここは古代から霊場として地元の信仰あつく「曝葬」という変わった埋葬もされていた場所で、イマドキ流行の「パワースポット」とゆーコトか。

お参りし終わったところで、休息場所でお茶を好きに飲んでよいとあったのでいただいていると、壁に新聞のキリヌキが貼ってある。なんぞ?と思って見てみると

信州の風土が育んだ名将
木曽義仲
「依田の館」逗留記


という小説を地元の研究家、深井武文氏が出版されたという記事。

しかも岩谷堂でも売ってますって書いてあるじゃまいか!さっそく門ならぬ玄関をたたいて、
せっかくなので購入!いやせっかくじゃなくても購入!


地元の木曽殿情報がストーリーにガッチリ盛り込まれていてオモシロ!他では読めないような、地元ならではの丹念な調査が生きているとゆーか。木曽殿の一生を描いているので入門として読んでももよさそうッス〜
勝手にCMしてゴメンナサイ…
東信ジャーナル2009年09月17日の記事

購入しがてら、宮司さん?と「いやー義仲さま好きなんッスよ」などと話していたら、今年の2月に行われたという丸子の義仲顕彰の武者行列の記念冊子「駒王記」もいただいた。コレハヨイモノダ!!丸子の義仲関連の史跡案内が載ってる!
そして、まさに今朝の雪で義仲桜の大枝が折れてしまったというハナシをお聞きする。
折れたばかりの痛々しい痕と落下した大枝がちょっと悲しいけども、鎌倉の鶴岡八幡宮みたいに根元から折れた訳ではないのでまだダイジョウブ。頑張れ、義仲桜!



で、本日のメインイヴェント終了。<早!

なにしろこの桜の為に来たんだもん!

…というのもナニなので近そうな「巴のお歯黒の池」を目指してみる。

このカンバンが見えたら右折。
住宅の横にちんまりとあるので見過ごしがちのこちらが「巴のお歯黒の池」。

なんでも、京から逃走してきた巴御前がここまで来てお歯黒を落とした、という伝説があるらしい。

このあたりの義仲関連の史跡にはだいたいこのノボリが立ててあるので、目印に探すとヨイかもしれない。

ここでお昼になったので、あたりをウロつくと「あさつゆ」という地元物産センターがあった〜
ヨカッタ…

そこで蕎麦をいただきつつついでに出来たておやきとほうれん草を買う。<新鮮なうえに安かったんだも〜ん


「駒王記」の史跡案内をながめているとどうも他の史跡は全て登山になりそうなので思いあぐねる。
昼近くから暖かくなって雪は溶けてきたものの、こういう時に山登りはどうよ…?と弱気になり(依田城はカなリヤバそうだったし)今回は全てスルーすることに。
まあコレが敗因で、このあと完全に雪が消えるほどのお天気になった…

これから行くヒトの為に、近くの義仲関連の史跡を軽くご紹介すると、

「御嶽神社(義仲館跡)」
依田神社から宗龍寺に向かう間の右手に見えてくる鳥居が目印。ここから軽ーく登山すると「義仲館跡」の看板、さらに登って御嶽神社にたどりつく。

「義仲挙兵の地(看板)」
看板のあたりは依田氏の「高築地館跡」といわれている。さらにその近くに「正海清水」という清水が湧いており、一説には清水冠者の名前の由来になったとか。
依田神社脇の上組の三叉路を西へ。ちなみにこの道は鎌倉街道だったらしい。

「安良井神社」
「丸子城跡」の登山口にある神社。木曽殿が笠懸の矢を奉納したとか。御岳堂からみて内村橋を渡りつつ南下、丸子公園が目印。丸子城は盛衰記に出てくる円子さんに関係する館かなあ?後世に活躍した城のようだけども。

「長福寺」
義仲開基といわれるお寺で、義仲さんのお位牌があるらしい。丸子公園から東にいって”役場前”交差点で国道152号を北上、”沢田中丸子”信号を越えて右折、東へひたすらいくと山の手前にある。

「開戸城跡」
中丸子と下丸子の境、国道152号”中丸子”交差点あたりから東あたり…。丸子稲荷の一帯が依田氏の館比定地。このお稲荷さんでも戦勝祈願してたらしい…?



…と、歩いていけるのはこのくらいでしょうか。

ちなみに、このまま北上していくと「長瀬」という地名があり、このあたりに長瀬氏館跡と目される場所があったりするようですが、現在未調査…
おそるべし丸子!意外と史跡あるじゃん!



さて、実は午後にもあちこち行ったけども、直接木曽軍に関連した場所には行けてないのでここでレポ終了ー

ここまでオツキアイあざーすm(_ _)m
2010年4月

<上に戻る>




<今回の移動ルート>

JR上田駅(乗換)

別所電鉄/下之郷駅
(ここからバス)

依田神社

依田城(址)

岩谷堂観音

巴御前お歯黒の池




◆今回のヒント

おせわになった交通機関
上田鉄道別所線
上田バス西丸子線

*上田バスは日曜運休かもしれないので事前に調べてみてください。
*しなの鉄道大屋駅からも丸子行きバスがあるらしいですが、御岳堂に近いバス停があるかどうか未確認。しかも土日運休路線なので注意!

和田観光タクシーさん

*タクシーはもしもの時の呪文として覚えておいた方がヨイです。
しかし大屋駅も下之郷駅もけっこう遠い、と心得ておくこと。

丸子農産物直売加工センター『あさつゆ』

今回の食料は↑にお世話になりました。おやきが出来たてでウマイ!食堂のおそばもホっとします。難をあげるなら、食堂が狭いのでもっとフリーなテーブルのある休憩スペースを増やしていただきたいの!

丸子郷土博物館

レポには書いてませんが、実は行きました。中世城館跡と地域開発あたりは燃えますが、イカンセン武士団の資料公開が少ないです。木曽殿を盛り上げる為に展示を増やすとか、どうでしょう!?
館長さん?にはとても親切にしていただきましたm(_ _)mタクシーの紹介までお願いしてしまい、ホント申し訳なかったと…反省;

さらに足をのばせるようなら「鹿教湯温泉」や「別所温泉」をオススメします!別所温泉あたりには鎌倉時代の五輪塔(巴墓?)などまだまだ木曽殿関連のナニカがあるらしいです。





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