MainMenu
ReturnTop
AboutSite
旅 レ ポ 。

真夏の横田河原合戦


横田河原合戦は旧暦の9月なのでそんな暑くないと思われるけども、突撃してきたッス!!


篠ノ井に行きたくてしょうがなかったので、家を飛び出した…のはイイのだが、ヤヴァイほど情報がない。


とりあえず東京駅→長野新幹線→長野駅。
善光寺にも行きたかったケド今回はパス。

駅で昼メシを兼ねて蕎麦をズソるとすぐに「古戦場行き」バスに乗る。
古戦場といっても、ココはご存知の通り上杉と武田が何度も戦った有名場所なので、源平争乱の跡は戦国のヤツラに塗り替えられてますoTL


と、そんなコト
は関係なく「荒木」バス停で下車。

駅の地図で軽く目算を立てて降りたのでダイジョブかとおもったけど、少し歩くと目指す場所、そこは犀川



このあたりが一応『市原古戦場』と目されているところ、だったような…
今と昔では河川の形もかわっているだろうが、グランドになってて戦いやすそうだネ、と呑気に考える…。


ここでJR「安茂里駅」までウッカリ歩いてしまったけど、これは
真夏に体力の無いヒトが歩いていい距離ではアリマセン!

そう、これが今回のキーワード


『俺の屍を越えて行け』


要するに、これから行くヒトにはワタシの失敗を踏み越えてもっと快適な旅を!といいたかった…。



気を取り直してJR「今井駅」(西口)下車。



ここには「兼平山切勝寺」&「今井神社」があるはず!。なんだけどマッタク位置は解らず。
駅周辺をぐるっと歩き回るも看板一つみつからず、東に回ったところで地元の方に訊いたら「そりゃ全く反対側にあるんだけど」と教えていただいた。

兼平山切勝寺




今井神社」(注:切勝寺からすぐだけど、ほんとはこの鳥居より神社の社のほうが先に見える)



そして今井神社に隣接する「今井兼平のお墓」〜〜〜!



由緒書によると、家臣(?)の岩害刑部今井兼平に命じられて寺を建立し観音様を祀ったのが「切勝寺」、今井兼平の菩提を弔う為に建てたのがこの五輪塔、とのこと。



しばし静かに合掌…
岩害君!キミは今井ファン第一号に任命だ!

五輪塔のすぐ横には「駒止の石



これも立て看によれば、「この地に駐屯せよと馬の告げ、馬動かず。」wwwちょ、馬www


今井神社にお参りして、移動。





次はJR「篠ノ井駅」へ。
このJR篠ノ井線はほぼ1時間に1本しかナイので、時間配分が重要になってくる。下車の際には次の電車到着時間を確認しておいたほうがイイらしい…


篠ノ井の目玉は「横田城址」、地元ではお稲荷さんの方がとおりがよい。





ここもマッタク解らなかったので、犬の散歩中の御婦人に道をきくと、なんと「すぐそこだから」と連れて行っていただく。うわあん!アリガトウゴザイマシタ!
お稲荷さんのあるちょっとした丘っぽいのが「堀の跡」とのこと。


しかもこの御婦人にその近くの「可毛羽神社」にも連れて行っていただく。この神社の読み方は「かもはじんじゃ」<これも教えていただいた



ここは、後日ググったところ「長野県神社庁」によると「治承4年、木曽義仲により社殿、民家多数を焼失」だそうで、ああ、木曽殿が粗相をいたしましてスミマセンT_T…<何故か今頃恐縮

この神社に隣接して久保田一族の方々の墓所があって、その中央にひときわ立派な「朝日将軍義仲墓」がある。

どーん!(ナナメった)

手前にあった由緒書によると、この久保田氏は義仲の子孫であるとのこと。犬の御婦人によると、「会(あい/←地名)」には久保田さんとあと2つの名字が圧倒的に多いのだそうだ。



ホントウならここからさらに南下していけば千曲川にぶつかり、そのあたりが横田河原合戦場と目されているんだけど、あまりの暑さと疲労で断念…!!

ワタシは今回断念するけどきっと他のゲンペイストが征ってくれるハズ(> <…


写真には撮れなかったケドも、しなの鉄道で「篠ノ井駅」→「屋代高校前駅」の間に千曲川を渡るので、電車から眺めることはできたので個人的にはよしとする…




で、
悔 し い か ら 一 泊 し る ー !


篠ノ井と迷ったけど、しなの鉄道で「上田駅」へ。



飛び込みだったけどお盆に入ったせいか、ホテルはすぐ取れたヨカッタ〜


ちゃーらーらーらった〜♪<DQ宿の曲


さて次の日、JR「上田駅」→JR「田中駅」へ。



ちなみに田中駅の次は滋野駅小諸駅と続く。木曽軍オールスターv むっは〜vたまらん地名w
そして田中駅から1.8kmほど西に「海野宿」。
海野と
いえば
海野氏の郷、と、
いつも
大河ドラマ「風林火山」を観ながら虎視眈々と考えてたコト
だったりする



海野宿の入り口には「白鳥神社」。



立派な神社。
立て看によれば「木曽義仲挙兵の地」とのこと。
横田河原合戦は平家物語にはあまり触れられていないけど、源平盛衰記には詳しい。

 信濃・上野両国の勢催し集め、二千余騎を相具して、白鳥川原に陣をとる

とある。
この白鳥神社は海野氏の氏神であり、まさに海野氏の
ホ ー ム グ ラ ウ ン ド じゃまいか!

北国街道が通ってる

海野宿内の「海野宿歴史民俗資料館」でも海野氏のコトが讃えてあります。是非お立ち寄り下さい。



丁度いいからブランチで海野宿グルメ。
くるみ味噌と大根のおはぎ。大根とは珍しい!


海野宿のすぐ横は千曲川、これが件の「白鳥河原」、悠々と流れている





源平盛衰記の楯さんの数少ない見せ場で

親忠乗替ばかり打具して、白鳥川原を打出でて塩尻さまへ歩ませ行いて見渡せば、横田篠野井石川さまに火を懸けて焼払ひ、軍場の料に城四郎が結構と見えたり。
親忠
大法堂の前にして馬より下り、甲を脱いで八幡社を伏拝み、南無八幡大菩薩、我君先祖崇霊神なり、願はくは木曾殿今度の軍に勝つ事をえせしめ給へ、御悦びには、六十六箇国に六十六箇所の八幡社領を立て、大宮に御神楽、若宮に仁王講、峯児の御前に左右に八人宛の神楽女、同神楽男、退転なく神事勤めて進(まいら)せんとぞ祈念しける。

いう一節あるんだけども、勉強不足で大法堂ってドコ?八幡社ってドレ〜?な状態。目星はつけど証拠が無いので犯人を捕まえられない刑事の気分。(ちなみにあとで判明する)



海野宿を堪能したところで、次にどこに行くか決めかねてタクシーの運転手さんに「ここから丸子って遠いんですか?」と聞いてみると、超驚かれた!そんなに遠いのか!
やっぱり大屋駅
まで行くか丸子に直接行った方がよいとの事。

うーん、断念
するか


丸子には「岩谷堂観音」とゆーのがあって「義仲桜」という義仲手植えの桜といわれている桜があるらしいんだけど。
上田市HP>「岩谷堂観音義仲桜」

しかもこのあたりが依田城址らしいんだけど。

依田川も流れてるんだけど



…oTL
このあたり、GoogleMapでみてもカナリの山道っぽいし、次は装備を整えて桜のころに出直します。



やむをえず進路変更して「田中駅」から「屋代駅」へ。
屋代駅からは何路線かの巡回バスが出ていて、本数は少ないけど距離を考えるとコレを使わない手はない…!


姥捨線バス「めいげつ」に乗ってゴー!

武水別神社」へ。



ここにも木曽殿が戦勝祈願していったのだが、この神社は今回観た中で一番古くて立派な神社かも!

そしてこちらの目玉は境内にある「献納滝壺の石



立看によれば木曽殿の祈願文を奉持した使者がこの石に湛えられていた雨水で具足を洗い清めてから神前に額づいたとか。
どう見てもさんだと思うんだよなあこの使者…。
てことは、大法堂ってココ
…?


ひといきついたところで再度姥捨線バス「めいげつ」に乗る。バスの運転手さんが親切すぐる…
停車場「稲荷山郵便局」(<ウロ覚え…)で下車すれば覚明が開祖とされる「康楽寺」にも行けるのですが、華麗に素通り…



日も暮れてきたのでラスト「雨宮(あめのみや)の渡し」にタクシーですっとぶ。



ここは上杉VS武田の合戦で有名な「鞭声粛々〜夜河を渡る〜(by頼山陽)」の場所。

とはいえ、現在では千曲川は北に7〜800m移動しているので川も渡し場っぽいナニカも無い。しかし戦略的に重要なポイントであることには、戦国時代でも治承寿永争乱でも変わりない。



以上!

それにしても、今回は獲物を目前にしながら諦めるコトが多かった…oTL
だからこそ、今後同じ場所へ行くヒトには…

『俺の屍を越えて行け』

と祈ってやみません…



そして、地元の方には大変お世話になりましたm(_ _)m




2009年8月



<今回歩いたルート>

JR/長野駅

犀川

JR篠ノ井線/今井駅

兼平山切勝寺

今井神社

JR篠ノ井線/篠ノ井駅

横田城址

可毛羽神社

千曲川

JR線/上田駅

JR/田中駅

海野宿

白鳥神社

白鳥河原

JR/屋代駅

武水別神社

雨宮の渡し




◆今回のヒント

姥捨線バス「めいげつ」
 バスを使わないとキツい距離なので、時間を確認しつつ利用するのがオススメ。



Copyright (C)Miyataya All Rights Reserved.