MainMenu
ReturnTop
AboutSite
旅 レ ポ 。


敵地潜入、いざ鎌倉


敵地といっても木曽殿にとって
本来敵視してたかどうか定かじゃないけども



鎌倉には何度も”フツーの観光客”を装って訪れているので、今回は普段絶対行かないポイントに絞ってアタック、アタック〜!



まずは新宿から小田急のロマンスカーに乗って片瀬江ノ島へゴー!

片瀬江ノ島駅

なんでこの駅は…と、いつも愕然とする片瀬江ノ島駅。多分弁天様にちなんでるんだろうけど駅舎なのになんとなくエロいよ…


でもさすが江の島、食料にも利便にも全く困らない。スバラシイv


最近TVで紹介されることが多いせいか、名物の「しらす丼」の看板を出してる店が多い。今回の目的はグルメレポートじゃないんだけど、美味しいもの大好き。ということで駅近のお店に入る。

 舟善さん

「ウマい、ウマすぎる!!」しらす丼。
(byスネーク)



江ノ島駅前にある鉄柵の鳥、行く度にファッションがゴージャスになってる気がする…


腹ごなしに江ノ電に乗り、



隣の「腰越」駅下車。三連休のせいか電車メチャ混み!

腰越と言えば有名な義経の「腰越状」、そのゆかりの寺「龍護山万福寺」へ向かう。

 
門にもバッチリ「義経腰越状旧跡」と銘打ってある。


入ってすぐにある「源義経公慰霊碑」

と、そのすぐ足下にある弁慶の手玉石。


判官贔屓のニオイがする…

200円(ウロ覚え)の拝観料で本堂に入ると、入り口近くに「腰越状(の下書き)」とされる手紙が展示されてある。

腰越状

ダメだ、私には読めない…
このショウケースの脇にも小さなガラスケースがあり、食玩の源平シリーズが並んでいるのでコンプリートのさまを愛でていたら…

 ! 

これは!


↑小さくてようわからんでしょうが、中央のフィギュアが「源義仲」!こんなんあったんだ〜!




このお寺のふすまには鎌倉彫の技法を用いた漆絵で義経公の有名なシーンが描かれており、「腰越状」の他にも「弁慶の立ち往生」や「静との別れ」などが彩りを添えている。

他にも「弁慶が使っていたと伝わる椀」「弁慶が墨に使った硯の池」「弁慶の腰掛け石」「義経公手洗いの井戸」など、義経&弁慶ファンには垂涎のアイテムがいっぱい。

ここで義経は兄上に邪険にされて「ア〜ニキ〜、そりゃないよな〜」と臍を噛んだのか…oTL。コッソリ歩いていったらもう着いちゃう距離なのに、妙なところで我慢強いなあ、義経。



かるく腹ごなしも終わったところで、何故か「藤沢」に逆走。理由アリアリで、江の電「藤沢」駅からさらに小田急に乗り換えて「藤沢元町」駅で下車。


そこにあるのは次のターゲットポイント…

「白旗神社」!


ちなみにgoogleMapストリートビューで見れます。

なにげに見上げた道路標識…



こ、
コ ク イ チ !
国道1号線でここまで感動した事はない!
何故ならつい2ヶ月前に滋賀県の大津でやはり今井兼平の足跡を辿っていた時に、国道1号線を歩いていた事をフト思い出したのだ。

「全ての道は京に通ず…」

などとシタリ顔でつぶやきながら本殿へ歩を進めると、



「義経公鎮霊碑」が登場。ちょっとモダン。
但書によると「腰越の浦の首実検後に捨てられたが、潮に逆流し、白旗神社の近くに流れ着き、藤沢の里人により洗い清められて葬られたと語り伝えられる(抜粋)」

この碑は没後800年を記念して平成11年に建てられたとのこと。




お参りも忘れずに。



さて、この白旗神社のほどちかくに「伝 源義経首洗井戸」があり、元々はここから北に40m行ったところに首塚があった、と書いてある↓



ので、首を北に90度まわすと…
えっ!北…って住宅じゃん!

恐れ多くも近くで写真を一枚…

首洗井戸

すぐ左手に件の首塚は移動されていた。
まだ新しい草花が供えてあり、地元の方の愛を感じる。



しばしワタシも合掌。
しかしアニキ(頼朝)もヒドいよなあ、「ベツに首見たくないし。本人ならそれでいーから捨てといて」っていう伝承どおりの展開だったらガッカリすぎる…





気を取り直して、一路「鎌倉」駅へ。「コラ〜!頼朝〜!」と、いう気持ちはさらさら無く、観光客であれば鶴岡八幡へ赴くところをスッキリ通り過ぎて、バスに乗る。歩ける距離だけども、文明の利器があるのならそれを使わぬ手はない!

で、「岐(わか)れ道」下車。


ここにも「白旗神社」、こっちには頼朝さんのお墓がある。


…でも、
思ったよりも質素でビックリした…

法華堂跡石碑

ここはもともと頼朝公が持仏を祀った堂だったが、後に三浦泰村ら500人がここに籠って自刃したという壮絶な場所でもある。

鎌倉サイドって、どうも剣呑なエピソード多すぎる。やっぱり源義朝(頼朝&義経の父上)の因縁なのか!?と思いたくなるネ。

白旗神社

藤沢の神社に比べて格段の質素さだが、昔はコレが普通だったと思えばそれはそれ。「源頼朝会」ののぼりがたくさん立てられてて、手厚くお祀りされてるようだし。

もちろんこちらもお参り。




そして奥の階段を上がると、


頼朝公のお墓に到着。

鎌倉幕府を建てた偉人の割にはポツン…とした雰囲気。

でも、その傍らにある立て看板はちょっとだけホロリときた。
平治の乱以後、頼朝とは同父母の弟「希義」と兄弟の再会は一度たりとも無かった悲哀を思い、墓所の土と石を交換した、とある。

思えば義経も範頼も母が違うなあ。


でも肝心の石と土はよくわかんなかった…oTL
コレかなあ?




もときた道を引き返し、今度は南下して文覚上人屋敷跡をみながら「勝長寿院跡」へ。所要時間は10分弱。

そこに何があるかというと…

ドーーーン!


ドーン、という擬音に負けまくりだけど「源義朝」(頼朝の父上)の菩提を弔った寺跡に残る塔。

義経の首はポーンと捨てたくせに、父・義朝公の首は後白河院に頼んでやっとのことで見つけ出し、ここに葬ったらしい。

誰も信じそうにない頼朝公だが、平治の乱で苦難を共にした親兄弟には並々ならぬ家族愛があったのかも…


などと妄想しながら、「義朝公の供養塔」に合掌。


隣には鎌田正清公の供養塔もある。
が、地元の方の尽力によってなんとか石塔のみが残されるのみ。



さすがに陽が陰ってきたが、あとひとつ!
あとひとつだけ行きたいところが…!





それは和田さんとこ。
盛衰記では巴を「妻にも剛の者をいただきたい」と娶った話もあることだし、なによりこの和田義盛、どっか気持ちのいい漢、というイメージがあって好きなんだなあ。



赤い方が和田義盛一族の墓石。

再び鎌倉駅に戻ってきた時にはとっぷり日が暮れてしまった…。しかし人力車はまだガンバっている。ライトアップしている寺社を廻ってくれるそうだけど…また、普通の観光の時にネ!



オマケ↓

店先で無心に水を飲むニャー。


ついさっきまで婚礼の儀が執り行われていた鶴岡八幡宮。
ライトアップされていてキレイなうえに、白無垢の花嫁さんが巫女さんに足元を照らしてもらいながら参道を歩く姿が美しかったが、我がケータイのカメラではまったく写らず。残念。



2009年3月

<上に戻る>




<今回の移動ルート>

小田急/片瀬江ノ島駅

江ノ電/腰越駅

万福寺

小田急/藤沢元町駅

白旗神社

源義経首洗井戸

JR/鎌倉駅

白旗神社

源頼朝墓

勝長寿院址(源義朝墓)

和田塚




◆今回のヒント

龍護山万福寺
義経の「腰越状(の下書き)」があるお寺。何故かお寺がやってる「茶房義経庵」もすぐ横にある。



Copyright (C)Miyataya All Rights Reserved.